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2016年7月10日

晴マミーから雨マミーに

将来の途中から雨マミーになってしまった。せめてハイスクールご時世までは自他共に応じる晴マミーだった経験があるのだが、どっかを境に雨マミーに変身してしまった。そんなことあるのだろうか。不安になってネットで「とある時機から雨マミーに」とか「晴マミーから雨マミーに」という単語を打ち込んで調べたくらいである。自分でも何が不安なのかわからないのだけれど。
やばいくらいの雨マミーを自覚しはじめたのは、コチラ4、5時代のことだ。朝の気候見通しで「曇天ですが、雨はセキュリティーです」と言っていても、私がでかければ雨が降りしきる。現場には弁当携帯で行っているが、ついつい買いに出れば雨。訪問で遠くのロケーションに行くお日様には、現場が雨です。レジャーにでかける狙いを立てれば雨、ならばって突発的に出かけてみれば、途中からしとしと降りやがる。とりわけトップ不快のは、私が民家を出たとたん降りだし、私が民家に入るという止む流れ。
「ふ、わたし持ってるな」といった強がって見るが、解せない。いったい私が何をした。誰の陰謀です。何が熱望です。何か大きな存在に伺うてみたくなる。
現場では「竜神さん」と呼ばれ、男性は、お支払いに行けと言い出した。そんな島国の隅で過ごす私ごときが、気候を反映できるわけがない。運です。そんなふうに思うけどこういう条件、随分侮れないのではなかろうか。
そりゃどしゃ降りの中のキャンプも、どしゃ降りの内漕ぐ自転車も、水絆だから可的海水浴も、対談の素材にはなるのだしそれはそれで興味深い、と言いたい要素だがほとんど面白くはない。
振舞いが小さいから晴マミーから雨マミーに降格、みたいな対談はあるのだろうか。その…ゴッドの世界では。
「この夏、水不足やばそうだからダム行ってくださいよ。喜ばれますよ」
といった、近年現場で雨マミー融通案が浮上やる。
「お、おう」
としか言えない。最近は、何となくゴッド的現状を受け入れている自分がいて気恥ずかしい。いっちょ、降らせてやるかという勢いである。「おう」って報いる場合、少々笑みを浮かべたりして、いやらしい。思い違い甚だしい愚かな私です。
自己破産 弁護士 神奈川県大和市

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